恋愛日和 いつの日か巡り会うその日まで
ガチャ


『どうぞ』


スマートに扉を開けた彼は
仕事部屋であるそこへ
私を先に入れてくれた


いつも部屋の入り口から
覗いていた空間に立ち入ると、
本棚にある書籍の多さに
改めて圧倒されてしまう


ドクン


その場で瀬木さんを見上げたら
驚くくらい優しくて
柔らかい表情をしていたので
心臓がハネてしまう。



ここに来て
先輩のこんな顔見たの初めてだ‥


口数も少ないし、
瀬木さんって何を考えてるか
分からないことが多い。


でも何も言わなくてもその表情で
怒ってないし好きに見ていいって
言われた気がする。


「あ………」


遠慮がちに辺りを見渡していると、
視界に飛び込んできた本に
懐かしくて思わず手が延びる


「これ……読んでもいいですか?」


入り口で腕を組み
ずっとこちらを見ていた彼が
ゆっくりと近付いてくる。


まるであの時のように……


『立花はそれが読みたいんだろ?』


「……はい‥これがいいです」


昔と変わらない紺の表紙の部厚い本は
私の閉ざした心を揺らす懐かしい宝物


この本の貸し出しカードの
最後に書かれていた名前を見て、
尾田 隼人という名前を
知ったキッカケになったのだ。


『それ後編だろ?……こっちが』


「あ、いいんです。
 後編読めないまま
 私いなくなってしま……ツッ」



はっとして我に帰ると
思い出に浸って話したことに
思わず手で口を塞ぐ


ドクン


それと同時に掴まれた肩が痛くて
上を見上げた


「…………瀬木……さ?」



見下ろす視線が真っ直ぐ突き刺さる。
掴まれた肩よりもその瞳が逃がさないと
言うように私を捉えていた


『………あのさ‥立花って』



「せ、瀬木さん!!
 お、お風呂入れますね。
 あとやっぱり前編も借ります!!」


それ以上そこにいることで
揺れる心を抑えれそうになかった私は
その手から逃げるようにすり抜けた



『立花!!』




「……」


『それ俺も大好きな本だから』



バタン


閉じた扉を挟んだ壁が
今の自分が乗り越えられない壁


気持ちが溢れても
大丈夫って思ったのに、
何気ない一言が
溢れそうなコップを
ゆらゆら揺らしてゆく



先輩もこの本が好き……
たった一つの共通点が出来ただけ。
それだけのことなのに
こんなに嬉しくて心臓がドキドキしてる



「はぁ……」


どんなに思っても
駄目って分かってるのに、
諦めが悪い自分の頬をつねり
ペチンと小さく叩いた
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