恋愛日和 いつの日か巡り会うその日まで
『難しい?』


「はい……」


『例えば信号機に対しては
 信号機がそこにあるって書けば誰でも
 分かると思う。
 大事なのは読む人が
 信号機を見てる視点を
 思い描くこと。』


「‥読み手の視点‥ですか?」


『そう。
 例えば‥‥そうだな‥‥
 音もなく規則正しく
 変化を繰り返す三色とか
 横断歩道なら二色の点滅にいっせいに
 従う人々がいるとか
 立花から見た視点だよ』


うわっ‥‥
瀬木さん……スゴい‥‥


プロだから当たり前なのかも
知れないけれど


説得力だけじゃなく、
本当に頭に無機質な信号機だけでなく
風景や人までが浮かんだ


『編集の仕事につくなら、
 ただ本が好きなだけでは出来ない。
 分かるか?』



「はい、すごく解りやすいです。」


確かに当たり前の言葉を並べれば
大体は伝わるけど、
入り込むところまではいかない


いつも読んでてその世界に
入り込んでたのは
書き手がこういう工夫を
してるからなんだ


『まだ何枚かあるから
 今週はその表現力に慣れたら
 仕事をあげる。出来るか?』


難しいけれど
本の世界のことをもっと知りたい。
それに瀬木さんの世界に
自分も入ってみたい


「やってみます。」


『もし分からなくなったら
 向こうの本を見たり
 調べたりするといいよ』


相当寝不足で疲れてるはずなのに
私にここまでしてくれるのはなぜ?


午前中


暫く与えられた課題に
向き合っていた私は
気持ち良さそうに机に突っ伏して
眠る瀬木さんを確認できた


良かった……
ちゃんと寝てくれて。
瀬木さんにはこんな
少しの時間を大切にして欲しい


本来ならベッドで寝て欲しいから
起こすところだけれど、
やっと寝てくれたから静かにしてよう


クーラーがなくても
開放的な窓から涼しい風が届くけど、
風邪を引かないかだけ心配な私は、
着ていたカーディガンをそっとかけた
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