【悲報】冷徹上司の毒牙にかかり推しごとがはかどらない件について
しまった、と声に出さずつぶやく。

ミスをしてしまった。しかも確認不足によるケアレスミスだ。

こんなこと、社会人になってからだってしたことがなかったのに。

ショックと悔しさを噛みしめている場合ではなかった。すぐさま社長に詫びる。

先日私の処女を奪った男はそんなことなどなかったかのように冷静な顔をして報告を受けた。

「ああ、大丈夫だ。調整がきくから問題ないよ」
「申し訳ありませんでした」

社長は考えるような顔をすると重ね重ね頭を下げる私を見つめた。

「どうした、君らしくないな」

そりゃミスくらいするわよ、酔っていたとはいえ処女を奪われて、挙句に肉体関係を強いられているんじゃあね、と視線で返すが、社長は真面目くさった顔をしつづけて私の言葉を待っている。
本当にどうしようもなく意地の悪い男だ。

ふいに社長は立ち上がると私の隣まできた。

思わず私は半歩ほど後退ってしまう。
怯える動物に接するかのように社長は柔和な微笑を浮かべて優しい声で言った。

「疲れているんじゃないのか? また何か慰労したいな」
「い、いえそんな」

社長は動揺する私の耳に唇を近付けた。

「今夜俺の部屋においで。仕事が終わったら一緒に帰ろう」

あの低い声で囁かれてズクンと胸が疼く。

社長に弱みを握られている私が拒めるはずはなかった。
「はい」と返答しようとしたら、突然電話が鳴って私は咄嗟に出た。
若い女性からだった。

「社長、会田様とおっしゃる方からお電話です」

社長の顔が心なしか強張った。

仕事関連の相手ではないようで、それは電話に出た際の冷ややかな第一声からでもわかった。

「舞佳さんお久しぶりです。ここには掛けてこないでとお願いしたはずですが」

名前呼びをしているということは、社長が親密にしている女性のひとりだろうか。
そう考えて私は気が沈んだ。
この何人もいる中のひとりに私もなってしまった。

「ですからその件は何度もお話したはずです。俺の気持ちは変わりません――」

社長は早く電話を切りたそうにしているが、相手が頑なな様子だった。

私は居た堪れなくなって社長室から出て行った。
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