七龍国物語〜冷涼な青龍さまも嫁御寮には甘く情熱的〜
「つまり和華ちゃんの輿入れ先というのが、私が輿入れする予定だった華族の人だったということですか?」
「恐らくは。家同士の繋がりを目的に見据えたとして、自慢の美貌を失った和華を妻に迎えたいという物好きな男はそうそういない。それに新聞にまで悪評が載ってしまった以上、灰簾家だって和華を早々に余所にやりたいと考えるだろう。そこでうってつけだったのが、お前を嫁として迎え入れようとした男だった。和華の話によれば、若い女人なら美醜は問わないとのことだからな。そして和華と芋づる式に灰簾夫婦がこれまで犯してきた罪まで世間に露見した以上、灰簾家もお咎めなしとはいかない。世間の目が和華に向いている内に、雲隠れを目論むことは想像に難くないからな」

 灰簾夫婦についてはすでに蛍流が手を打っており、娘の和華がこの国と青の地を守る守護龍の青龍の清水と、蛍流の伴侶として清水が選んだ海音に危害を与えようとした疑いがあるという旨を政府に連絡をして、灰簾夫婦が不審な動きをしたらすぐ拘束するよう指示を出していた。灰簾家が新聞に載ったことは政府も承知していたようで、すでに灰簾家には官憲を監視につけていると即刻返事が届いたという。
 灰簾家が無実を訴えてきたとしても、実際に海音は和華によって崖下に突き飛ばされていたことから、青龍の伴侶ひいては青龍に害をなそうとしたという証拠もある。和華が連れていた女中たちからも証言を得られれば決定打となるだろう。
 灰簾夫婦も華族でありながら、娘である和華の教育と管理を怠ったとして、青龍に仇名した一家として罪に問うことも検討しているという。

「この様子だと灰簾夫婦が捕らえられるのは時間の問題になってきたな。青龍であるおれからの要請とこの新聞記事も受けて、和華の父親である灰簾子爵が犯してきたこれまでの裏金や横領の調査も本格的に始まったと聞く。どのみち灰簾家の爵位剥奪は免れない」
「爵位の剥奪だけならいいが、青龍に弓を引いた反逆人として青の地からの追放もありえる。今回のように七龍に仇名した罪人たちの情報は他の土地の政府にも共有されることから、もう政治の表舞台に限らず社交界にも出て来られない。青の地以外の農村で細々と暮らすしかないだろうな」
「農村なんて生温い。せっかくなら開拓地送りにして庶民の苦労を嫌という程、経験してもらおう。ああ、和華も輿入れ先から逃げ出すようなら、両親と共に開拓地に送るか、どこか厳格な家の奉公に出させてもいいかもしれない。これまで贅沢三昧していたのだから、それくらいは許されるだろう」
「でも流石に開拓地に送るのは可哀そうです。爵位の剥奪だけで良いと思います。それ以上の罰は流石にどうかと……」
 
 薄暗い笑みを浮かべながら灰簾家の今後を話していた二人だったが、海音の言葉に仰天したような顔をする。
 蛍流が力を暴走させた後に起こった和華とのひと悶着や、山道を転がり落ちた海音がシロに助けられて清水の元に連れて行かれたことも、二人には全て話していた。海音から話しを聞いた時の蛍流は激憤したが、海音がもう済んだことだからと諭したつもりであった。
 
「なっ……!? 和華に怒っていないのか!? 自分が吐いた嘘を咎められるのが嫌でお前に身代わりを押し付けただけじゃなく、危うく転落死するところだったんだぞ!?」
「確かに山道を転がり落ちている時は死ぬかと思いましたが、でも和華ちゃんはもう罰を受けたから良いと思うんです。それになんとなく和華ちゃんの気持ちも分かるから……女の子って周りの気を引きたいものなんです。自分だけを見て欲しいから。自分だけを愛して、いつまでも自分のことを覚えていて欲しいと思うから……」
「そういうものなのか……?」

 蛍流と晶真は戸惑っているようだが、海音には今回の騒動のきっかけを起こした和華の気持ちが分かるような気がした。
 女の子なら誰だって周りから褒めそやされたいし、他の同年代の女の子たちよりも一際目立って、一番になりたいと考えるものだ。青春時代の輝きは、流れ星のように一瞬しかないのだから。
 特にこの世界の海音と同年代の女の子たちは、当たり前のように実家や男性の支配下に置かれている。勝手に嫁ぎ先や結婚相手を決められて、時には政治や生家の道具にされてしまう。
 そんな彼女たちが青春時代の煌めきや輝かしい日々を謳歌出来るのは、瞬くほどの刹那の時間だけ。それも海音が元いた世界の女の子たちより、圧倒的に時間が短い。
 せっかく輝き出しても、家のため相手のためと、あっという間に流れ去ってしまう。
 青春時代が短いからこそ、誰よりも目立ち輝きたいと思ってしまうのかもしれない。眩く輝いていた自分の青春時代をどこかに残しておきたいと、自分が存在していた証を人々の記憶に留めておきたいと考えてしまうのだろう。自分が和華の立場だったら同じことをしていたかもしれないと熟考すればするほど程、和華を咎めることは海音には出来そうになかった。
 
「それに感謝もしているんです。だって和華ちゃんと出会って頼まれなかったら、きっと私は身代わりを引き受けていなかったでしょうし、蛍流さんとこうして出会って、あっ、愛し合うことも、無かったと、思うのでっ……」

 最後は尻すぼみになってしまったが、蛍流にははっきり聞こえたのだろう。赤面しながらも「そ、そうか……」と返してくれたのだった。

「そう言ってくれて嬉しい。おれもお前のことは誰よりも愛しているし、これから先も変わらない愛を捧げよう。そんなお前にこれを贈らせて欲しい。おれからの贈り物だ」
「贈り物って、この風呂敷包みですか? 開けてもいいですか?」

 蛍流が頷いたので、海音は受け取った風呂敷包みを解いていく。そうして中身が明らかになった時、海音は胸に温かいものが込み上げてくるのを感じたのだった。


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