七龍国物語〜冷涼な青龍さまも嫁御寮には甘く情熱的〜
「きゃあ!?」
「……っ!?」

 静電気にしてはあまりにも大きな青白い雷光に海音は短い悲鳴を上げながら手を引っ込める。驚愕のあまり黒い目を見開いたまま言葉を失っていた昌真だったが、やがて独り言ちるように言葉を漏らす。

「やはり俺では……」

 その言葉の先を聞こうとした時、後ろで軽いものが地面に当たった音が聞こえてくる。弾かれたように海音が振り向くと、そこにはいつの間に戻って来たのか、呆気に取られて硬直したままの蛍流が立っていたのだった。

「海音? それにどうして茅晶がここに……?」
「ほっ、蛍流さん!? それに昌真さんが茅晶さんだったんですか!?」

 衝撃で手から滑り落ちたのか地面を転がる手桶にも気付いていない蛍流に対して、茅晶と呼ばれた昌真は眉一つ動かしていなかった。それどころか、どこか含みのある言い方をする。

「蛍流……久しいな。会わない間に随分と父に似たものだ。ますます父を思い出して……憎らしい気持ちになる」
「茅晶。海音をどうするつもりだ。海音はおれの……」
「お前には青龍が選んだ伴侶がいるだろう。彼女は俺がもらう。このまま一緒に居ても、お前たちは互いに幸せになれないからな。それに彼女は選んだのだ。俺のことを。そうだろう、海音?」
「わ、私は……」

 二人の視線が集まって、海音は及び腰になる。蛍流が来る直前、昌真を選ぼうとしたことは間違いない。それが正しい判断だと信じていた。
 けれどもひどく打ちのめされたように顔を歪める蛍流の姿を見ていたら、次第に誤った選択をしたのではないかと不安が募ってくる。

「そうなのか……海音。おれではなくて、茅晶を選んだというのか……っ! おれでは駄目だというのに、どうして茅晶をっ……!」
「そうではありません! 私はただ蛍流さんの未来を考えて……っ!?」

 急に青空が曇り出したかと思うと、幾重にも厚い黒雲に覆われていく。すぐに雷鳴が轟き出したかと思うと、海音たちを阻むかのように激雷が落ちたのだった。

「おれは未来なんて望んでいない……っ! おれが欲しいのは今なのだ。海音と過ごす、今という時間だけを望んでいるのだ……」

 地雷が地面を揺らし、稲光に目を焼かれそうになる。咄嗟に目を覆ったものの、その直後には台風に似た暴風雨が降り荒れだす。蛍流に近付こうにも、暴風雨は蛍流を中心に発生しているようで、海音は飛ばされそうになる。足に体重をかけて地面を踏みしめながらも、正面から吹き荒ぶ風に向かって声を張り上げる。

「蛍流さん、お願いです……話を聞いて下さい……っ!」
「無駄だ、海音。今の蛍流に君の声は聞こえない」

 肩を掴まれると、激しい風雨から庇われるように昌真の腕に抱かれる。

「感情が激しく昂ったことで、これまで抑えていた力が暴走したのだ。ただでさえ自分で操れない青龍の力を溢れさせたのなら、もう自力では止められない」
「そんなっ!? どうしたらいいんですか? このままじゃ、蛍流さんまでこの暴風雨に飲み込まれてしまいます!」
「……形代が持つ七龍の力を抑えられるのは七龍のみ。すなわち青龍以外の他の七龍だ。伴侶の声なら届くかもしれないが、いずれにしても只人の君にはどうすることも出来ない」
「だからって、蛍流さんをこのままにしておけません! それに他の七龍がいつ助けに来てくれるかなんて……」
「そんなのは誰にも分からない。それよりも今のうちにここを去ろう。こうなった以上、遅かれ早かれ青龍の龍脈は乱れる。青龍の龍脈のお膝元である青の地は近いうちに大雨と洪水で水の底に沈むだろう。巻き込まれて死ぬ前にこれを好機と考えて、残りの七龍の動揺を誘い、この国を壊滅させる」
「それじゃあ蛍流さんは……!?」
「……運が良ければ蛍流は生き残る。が、このまま力に飲み込まれたら助からないだろう。強い力は身を滅ぼす。それは七龍と七龍に選ばれた人間が持つ神力も同じこと。青龍を除いた他の六龍に助けられるか、蛍流が自分で力を抑えなければ、いずれ蛍流は神力と共に消えるだろうな。この世界から……」
「蛍流さんが消える……そんなの……」

 認めたくない。いや、認められない。そんな気持ちが先走って、上手く言葉にならない。
 大粒の急雨を吸った紬はすっかり重くなり、強風が当たって体温も奪われつつあるが、それでもこのまま蛍流を放っておくことは出来ない。
 昌真の腕の中から抜け出して、蛍流に向かって歩き始めた時、「もう少し傘を傾けなさい! わたしが濡れてしまうじゃないの!」とこの場にそぐわない拍子抜けする声が聞こえてくる。海音はまろぶように声が聞こえてくる方向に走り出したのだった。
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