七龍国物語〜冷涼な青龍さまも嫁御寮には甘く情熱的〜
「先の半身は伴侶の異変に気付けぬまま、過剰とも呼ぶ愛を注いでしまった。その結果、小倅が誕生した時には伴侶の心は壊れ果て、半身と永久に添い遂げることなく消えてしまった。そうして伴侶を失った時に、ようやく自らが犯した愚に気付いた次第よ。其方もそうなりたくは無いであろう?」
「昨日の蛍流さんの様子でさえ驚いたっていうのに、本気になったらあれよりもっと激しいということですか。普段は冷静沈着な蛍流さんが……」
 
 すでに昨日蛍流から情熱的な想いを打ち明けられているが、正式に伴侶として迎えられたのなら、あれよりもっと熱烈な最愛を向けられるというのか。
 普段大人しい人こそ愛する人を得た途端に変貌するという話を聞いたことがあるが、昨日の様子からしてどうやら蛍流も伴侶に対して様変わりするタイプらしい。
 あの蛍流が冷静さを欠くくらいに人を愛するとどうなるのか、知りたいと思う反面、ほんの僅かな恐ろしささえ感じて、海音の背中が冷たくなる。
 
「其方の心を守るためにも、我が半身の願いをすぐに叶えるわけにはいかなかった。そこで試させてもらった。其方が真に伴侶に相応しく、半身と悠久の時を添い遂げるのに適しているのかどうかを。そのために我は其方の身体に満ちる神気を封じた。半身と守護獣たちの目を欺くために、只人と同じように見せかけたのだ」
「それでシロちゃんたちに襲われかけたんですね」
「よもや其方がここに迷い込むのは想定外ではあったがな。シロが呼びに行った半身の到着が間に合わなければ、我が自ら助けるつもりであったが、結果として半身は間に合った。全てを蹴って駆け付けた其方への愛の深さ故に」
「あの時、蛍流さんが間に合っていなかったら、間違いなくシロちゃんたちに襲われていたか、崖下に落ちていました。それくらいシロちゃんたちの迫力は、凄まじいものだっだんですよ……」
 
 清水によって伴侶の資格たる神気を封じられた海音は滝壺にこそ辿り着けたが、神域を荒らす侵入者としてシロ以外の番虎たちに追い掛けられた。
 結果としてシロに呼ばれた蛍流が駆け付けてくれたが、もしあと少しでも遅かったら、海音は間違いなく虎たちの餌食になっていたか、絶壁の上から突き落とされていただろう。あんな肝を冷やすような思いは、もう二度と経験したくない。
 不服を込めて清水を睨みつければ、子供特有の無邪気な声色で「そうだったか?」と小首を傾げながら、どこか愉快そうな様子で返される。

「だがこれ以上、我が隠し続けるのも難しいようだ。其方の神気は日を追うごとに高まり、今では守護獣たちでさえ感知できる量に達している。半身も知らず知らずのうちに、其方の神気を感じて求め始めた。故に我は最後の試練を与えさせてもらった。其方の半身に対する想いを確かめ、この地に相応しい存在であるかをな。起こりもしない警告夢という形で」
「もしかして、ここ連日見ていた夢というのは……」
「あれは序の口。あの夢で其方が怯え、ここから逃げ去るか、もしくは半身にとって不都合な存在となろうものなら、我が自ら罰を下していた。だが其方は逃げなかった。否、その前にあの小娘が半身の元に現れてしまった。そこで我は更なる試練を課させてもらった。その身体が試練の証。我の神気に耐え切れなくなった御身が鱗と化しているであろう」

 その言葉で弾かれたように袖を捲れば、腕にはガラスのような鱗が隙間なくびっしりと生えていた。今朝方、着替えた時はまだまばらにしか生えていなかったので、斜面を転落して気絶している間に鱗の侵食が進んだのだろう。
 身体中をペタペタ触って確認すれば、いつの間にか首元や肩にも鱗が広がっていた。

「つまるところ、この身体中の鱗の正体は……」
「互いに同じ想いと願いを持ちながらも、進展しない其方らに業を煮やしたのだ。そこで其方の御身に細工を施させてもらった。これを老婆心というそうだな。人の世では」
 
 清水は海音と蛍流の両者に危険が迫った時、海音がどちらを選んでどのような行動を取るのか確かめ、それによって蛍流に対する海音の愛情の深さを計ろうとした。
 そこで蛍流と海音自身に迫る危険の兆候を夢という形で繰り返し見せることで、それがいずれ現実に起こることだと海音に錯覚させた。
 正夢になると信じ込んだ海音がどのような行動を起こし、それに対して蛍流がどう応えるのかで二人の情愛の深さを品定めしようとしたが、ここに至って和華がこの山にやって来てしまった。
 海音が本当の伴侶だと知るはずもない和華が海音をこの山から追い出そうとするのは想像に難くなく、蛍流と添い遂げられなくなった海音が灰簾家に言いくるめられて他の男に嫁いでしまうのも予想がつく。悠長に海音を見極められなくなった清水は次の作戦にでた。
 それが海音の身体に自身の神気を流し込むことで、膨大な神気に耐え切れなくなった海音の身体に鱗を生やさせるというものであった。

「我が細工したのはほんの一片。半身と気持ちを打ち明け、慕情を重ね合わせれば消えるはずのものであった。残された時間が差し迫っていることを知った其方と半身は、お互いの想いを口にするであろうと我は考えたのだ。そうすれば其方の身体から鱗は消え、半身も真の力を目覚めさせるはずだった。あの小娘も恐れをなして立ち去ると目論んだ。だが……」

 清水が吐いた深いため息に呼応するように、海音の胸も締め付けられる。
 海音そして蛍流も、形代と伴侶という逃れられない宿命を前にして、お互いに想いを伝えることなく相手に対する恋慕を封じ込めてしまった。
 そして海音は灰簾家の娘として親子ほどの歳が離れた男への嫁入りを、蛍流は国とこの地のために和華を伴侶として迎えることを決心した。
 それにより海音の身体から鱗は消えず、蛍流は形代として覚醒できないどころか、海音に捨てられたショックで力を暴走させてしまった。
 
(それ)がそこまで広がったのは其方の心に迷いと曇りがある証拠。それは即ち伴侶として不適合ということ。そこまで進行してしまったのなら、我にはどうすることも出来ぬ。ただ朽ち果てるのみ。ここから去ったとしても其方の末路は変わらぬ」
「そんな……」

 震え声で短く呟き、そうして自分の身体を強く抱き寄せる。ここから去れば体中の鱗が消えるかもしれないという望みは、清水の言葉で呆気なく消えてしまった。
 この調子で鱗が生え続ければ、今日の入相には海音の全身が鱗に覆われる。明日の日の出を見ること無く、夢の通りに身体が砕けてしまうだろう。
 蛍流を救うこともできず、海音もこの世界から跡形なく消える。最悪の結末としか言いようがない。
 
「そう驚くこともあるまい。伴侶と半身に対して、其方には何か心当たりがあるのではないか」
「心当たりなんてそんな……」

 蛍流そしてその伴侶に対して海音はいったい何を迷っているというのか、皆目見当がつかない。思案し始めた海音に呆れたのか、清水はやれやれと言いたげに苦笑する。


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