妄想女子はレベル‪✕‬‪✕‬!? 〜学校一のイケメンと秘密の同居をすることになりました♡~


 汗だくのまま帰宅してからキッチンで一杯の麦茶を飲んでいると、母からLINEメッセージが入った。
 すかさずタップして開くと、そこには……。

『夕飯は冷蔵庫に用意してあるから涼くんと二人で食べてね』

 と書かれている。
 私はまさかの吉報にフフフと笑い、肩を震わせた。
 降谷くんと家に二人っきりということは……、ほぼ同棲生活。
 食事時は若い新婚夫婦のように「あーん。……ねぇ、料理は美味しい?」なんて聞いちゃったりして。
 そしたら彼が「お前が食わせてくれたものは何でも世界一美味しいよ」とか言っちゃってぇぇ!! 「お前も腹減ってるだろ? 俺が食わせてやるから口開けて待ってな」なんて言われちゃったらどうしよぉ〜〜っっ!!

「ふっ、ふふふふ…。お母さん、ないっすぅ〜!!」

 激しい妄想に襲われて我慢できずにプルプルと身震いする。

 
 ーーしかし、それから20分後に降谷くんが帰宅。
 玄関へ出向き、早速母が帰らないことを伝えると……。

「じゃあ、飯要らないわ」

 まさかの返答が下だされる。
 
「えっ。だって、ご飯食べなかったらお腹空いちゃうよ?」
「別にいい。お前一人で食ってて」
「そ、そんなぁ〜〜っ」

 そのせいで、幸せな新婚夫婦像が跡形もなく崩れていった。
 更に追い打ちをかけるように部屋の扉が閉まっていく。

「うわっ……、あっ……うっ……」
 パタン……。

 せ……、せっかく二人きりでいられると思ったのにぃぃ!
 降谷くんは朝ご飯は早い時間に一人で食べて知らない間に家を出ていっちゃうし、夕飯は母と三人で食べるから自由に話ができないし。
 しかも、学校では気軽に話しかけないで欲しいみたいだし。
 ここで話さなかったらどこでお話すればいいのよーーっ!!

 私は拳を握りしめながら彼の部屋の前で立ちつくしていると、扉の奥から「うぉぉぉおおお!」といった悲鳴が聞こえてきた。
 すかさず部屋の扉を開けると、降谷くんは嫌そうな顔に手を当てたまま右壁方面を向いている。

「えっ、なにっ、どうしたの?」
「ゴキブリが……」
「どこにっ?」
「窓んとこ」

 言われるがままに目線を窓の方に向けると、彼が言う通りカーテンの真横には黒い物体が。
 それは紛れもなくゴキブリだった。
 
「あ、本当だ」

 私は一旦部屋を出てから洗面所の収納棚を開けて駆除スプレーを取り出し、彼の部屋でゴキブリを退治してティッシュに包んだ。
 その一部始終を見ていた彼は「すげぇな」と感心の声を漏らす。

「もしかして、ゴキブリ苦手なの?」
「好きなやついるかよ」
「あはは、そうだよね。実はうち、よくゴキブリ出るんだ。築30年の古いマンションだから仕方ないけど。1匹いると100匹いるって言うし」
「…………っ、100匹」
「降谷くんってモテモテだし最強かと思ってたけど、ゴキブリが苦手なんてなんか意外だった」

 思わぬ欠点を見つけてプッと笑うと、彼は「誰にも言うなよ」とふてくされた顔。
 そんなの言わないよ。
 だって、それは私だけが知ってる秘密なんだもんね!


 部屋に戻ろうと思って目線を扉の方向に移すと、扉横に置かれている一枚の絵に心惹かれた。
 その絵とは、子猫のアメリカンショートヘアー。
 愛くるしい眼差しが心を掴んで離さない。
 その上、今にも紙から飛び出してきそうなくらい丁寧に描かれている。
 私は絵の目の前へ行き、両手で掴み上げて言った。

「この絵を買わせて! 部屋に飾りたい」
「えっ……。欲しいじゃなくて?」

 私はこくんと頷き、絵を持ったまま彼の前へ。

「だって、一目惚れしちゃったんだもん。繊細なタッチに生き生きとした子猫の眼差し。この絵を見ているだけでパワーがみなぎってくる」
「大げさだよ」
「そんなことない。この絵にはお金を出して買うくらいの価値があるよ」

 人が描いた絵を欲しいと思ったのは、いまこの瞬間が初めて。
 もちろん降谷くんのことは好きだけど、この絵が好きだということはまた別。
 降谷くんが描いた絵じゃなかったとしても、私はこの絵にお金を払っていただろう。

「やるよ。それ」
「えっ」

 きょとんとしたまま彼を見ると穏やかな目をしていた。

「お前んちに世話になってるお礼。その代わり、俺が絵を描いてることを誰にも言わないって約束してくれる?」
「どうして?」
「……誰にも知られたくないから」

 絵は自慢できるくらいの趣味なのに、どうして隠すんだろう。
 でも、それを聞き返すとまた突き返されちゃうような気がして言えなかった。

「うん、わかった。私と降谷くんの二人きりの秘密かぁ……。いいひ・び・き! んふふ、一緒に暮らしてると二人だけの秘密が増えていくね」
「……」
「冗談だよ、冗談っ!! 絵、大切にするね。ありがとう!」

 スキップ気味に部屋を出ていこうとすると、彼は引き止めるように言った。

「あのさ。お前の名前……なんていうの?」

 残念ながら、そのひとことが衝撃的過ぎて足が止まる。

「……もしかして、一緒に暮らしているのに私の名前すら知らなかったの?」

 いや、正確に言えば気になるのはそれだけじゃない。
 入学してからこの2年数ヶ月もの間に5回も告白していたのに名前を知らないなんて。

「興味ないから」
「うぐぐっ……。じゃあ、名前を聞いてくれたってことは少しは興味が湧いてくれたの?」
「別に。家の中で呼ぶのに不便だから聞いただけ」
「っっ!!」

 相変わらず可愛くない……。
 でも、ポジティブに考えたら、全く興味がない人に名前なんて聞かないよね。
 少しは私に興味が湧いてくれた証拠だよね。

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