落ちない男が言うには

キス「くらい」

 好きなのに、好きと言えないまま。
 十日から二週間に一回顔を合わせ、納品と営業をし、販路を拡大する。
 夜道が危ないからと、せいぜいランチをするくらいで、夕方には工房には帰る。

 そんな状態でじりじりと一月半が過ぎた。といっても、最初の食事とその次の営業合わせて、四回しか顔を合わせたことはない。
 連絡は、どちらともなく毎日のようにしている。
 次の予定などをメールでやりとり始めるとすぐに電話がかかってくる。その方が早いから、と。
 結局、一時間くらいあっという間に過ぎて名残惜しいままに無理やりに別れを告げて電話を切る。

(無理。好きが限界突破している)

 もし湛が、和嘉那に対して1ミリの好意も持ち合わせていなかったら、死ねる。
 いや、好意くらいはさすがにあるだろうが「特別」な感情はどうなのだろう。
 よっぽど下心剥き出しの方が安心できるのに。気取らせないのだ、ほんの少しも。だから迷う。悩む。
 好きなのは自分だけなのではないかと。
 いまのささやかな繁忙状態が終わったら、会う口実がなくなってしまう。どうしよう。
 悩み過ぎた頃に、湛から提案があった。
「今度、迎えに行きます」と。

 きっかけは、納品する量がかなり多くなりそうだと言ったことだ。積み込みだけで大変だと何の気なしに口を滑らせたら、自分の車で工房まで迎えに行って手伝うと。
「迎えにきてもらった場合、送っていただく手間も……」と恐る恐る言うと、電話の向こう側で低い声が笑って答えた。

 ――それなら、帰すのは少し遅くても構いませんね。

 夜の山道を運転するのは自分だから、という意味なのだろうか。
 思いがけないことに泣くほど嬉しかった。
 同時に、この機会を逃してもいけないと強く思った。
 もしほんの少しでも好意があるなら。
 進むか終わるか、いずれにせよここで区切りにして欲しい。

           *

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