落ちない男が言うには

極論と極論

 何軒か納品先を回り、慌ただしく昼食をとって、午後も市内を移動して店を回る。
 いつもより雑談もそこそこに引き上げたせいで、十五時をまわる頃には予定を消化してしまっていた。

(早い……? 帰りのことも考えて? 少し遅くても構いませんね、なんて言うから期待したのに……)

 暗くなる前に家に帰って、戸締りをするんだよ、なんて言われてしまうのかなと半ば諦めはじめていた頃。

「不動産屋に行こうと思うんです」

 少し遠出した道の駅の駐車場で、湛に切り出された。

「はい」

 何か用事があったかな、と考えていたところで、念押しのように言われる。

「山の麓あたりに部屋を借りましょう。市内に工房を構えるのはすぐには無理にでも、通いにして夜には山を下りるようにしてください」

 考える。言われた内容を。

「もしかして。私の家探しですか」

 すると、湛はシートに背を押し付けるようにもたれかかって、運転しているわけでもないのにフロントガラスを見つめて答えた。

「俺が、今住んでいるところから、そろそろ引越そうかと思っていたんですが、すぐにというわけではないので。その間はあなたが自由に使ってくれて構いません」

(ん~~? つまり? 「自分の為に部屋を借りるけど、しばらくは使わないからどうぞ」ってこと?)

 妙な提案を受けているということは、理解できた。意味はわからない。わかりたくもない。

「そんなの、使うときに借りればいいじゃないですか。家賃かかりますよ」
「それが、今のところは長く住んでいたから出て行くにもきっかけが必要で。思い切って部屋を借りてしまえば少しは前向きに検討できそうなんですが」
「借りた勢いで引越せばいいです。私に使えなんて、変なこと言わないでください」

 声が、震えてしまう。
 なぜ湛がそんな考えに至ったかは筋道立てて考えればわかるのだが、認めたら何かが壊れてしまうような気がした。
 怒りなのか悲しみなのか、感情が昂っていくのを感じ、喉に熱い塊が詰まる前に思い切って言った。

「愛人じゃないんです。ましてや、あなたは私に何か要求する気はないじゃないですか。それなのに、そういう……。あなたから見たら頼りなくても、一人で暮らして、働いている女を甘くみないでください。なめた真似すると、怒りますよ」

 唇がひくひくと震えて、目に涙が盛り上がってきた。

(「和かな」を認めてくれていたのに)

 子どもの遊びが心配になってきたから、保護する、みたいに言われるのは嫌だ。プライドだってある。
 たちが悪いことに、きっとこの人は見返りを要求する気がない。
 瞳から零れた涙が膝に雫となって落ちる。和嘉那は拳を握りしめて濡れた声で言った。

「椿屋と工房の中間くらいに部屋を借りて、そこにあなたも家賃は折半で一緒に暮らすっていうなら、ほんの少しくらいは考える余地はありますけどね」
「俺はその案には乗れませんね」

 スパっと鮮やかなまでの冷ややかさで返されてしまった。
 もはや悔し涙のようなものを浮かべて和嘉那が睨みつけると、表情もなく湛が見てきた。

「世間的にそれは同棲と言います。俺はそういう中途半端な関係は選びません。一緒に住むのは結婚するときです」

 言っていることは、わかる。
 結婚か、結婚を前提とした関係でなければ、一緒に住む気はないということだろう。
 和嘉那は鼻をすすりあげて、湛を見返す。

「奇遇ですね。私も結婚する相手としか一緒に暮らしたくないです」

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