落ちない男が言うには

恋に落ちたのは、いつ

 湛は、部屋を借りる件に関してはすでにある程度話を進めていたと打ち明けてきて、不動産屋についてからは候補地の内見となった。
 そのうちの一つで話がまとまり、その日のうちに契約まで済ませる運びとなる。

 普段ならもう帰宅の途上にある時間に、居酒屋に寄った。

「運転しますから、飲みません。岩清水さんはお好きなものをどうぞ」

 二人だからとカウンター席に並んで座り、ドリンクリストを渡されたので、しげしげと眺める。

(お酒はわからないんだよな~。この間水沢さんが勧めてくれたのなら飲みやすかったけど)

 カクテルメニューも豊富で端から眺めるが、なかなか見つからない。
 やがて、ようやく「シャーリーテンプル」「シンデレラ」が書いてある項を見つけて和嘉那は目を瞬く。

「ノンアルコールカクテル……? え、あれってお酒じゃなかったってことですか!?」

 和嘉那が何を見つけたのかは気付いたようで、湛はなんでもないように言った。

「お酒強くないのかと思って」
「これ私あのとき気付いていたら、完全に見込みがないと思っていたかも……。酔わせるどころか」

 子ども扱いというか、なんというか。
 なんと言って良いかわからぬ和嘉那の目を見て、湛は罪のない笑みをこぼした。

「酔わせようなんて思っていませんでしたから。本命の女性にそんなことしてどうするんですか」
「本命じゃなければするって意味ですか」
「気の無い相手とはそもそも食事もしませんし、二人になること自体があり得ません」

(それはつまり)

 二人で食事を承諾した時点で、ある程度気持ちが傾いていたという意味だろうか。

「今までそういう……。好き、みたいな話したことなかったと思うんですけど。小出しにして頂きたいんですが」

 いちいち、心臓がもたないので。

「かなりわかりやすいつもりだったんですけど、伝わらないようなので作戦を変えることにしたんです。これからは全部声に出していきましょう」

 余裕のある笑みを向けられて和嘉那は正視できずに俯く。
 それから、カウンターテーブルの下でそっと手を伸ばして湛の手に触れてみた。ちょん、と触っただけなのに、ぎゅっと捕まえられて握り返されて、自分で仕掛けたくせに恥ずかしさで心臓が壊れるかと思った。

「今日は少し酔ってもいいでしょうか」
「どうぞ。帰すつもりありませんから」

 本当に声に出されて、和嘉那はその場でどこまでもずぶずぶと沈みかけた。

 * * *

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