落ちない男が言うには
 身体が温かくなり、足元がふわふわするほど飲んでしまった。そんなに飲むつもりはなかったのだが、久しぶりに飲んだせいか、カクテルと日本酒一杯ずつで思ったよりアルコールが回ってしまったようだ。
 居酒屋を出て、手を繋いで歩きながら軽く話して駅前のビジネスホテルにチェックインした。

 受付を済ませる湛をぼんやりと見て、エレベーターに乗って部屋に向かう。
 特にアルコールの入っていない湛は乱れたところもなく、カードキーをさしいれてドアを開けて、和嘉那を先に部屋へと入れてくれた。

「眠くなる前にシャワーだけでもどうぞ」

 部屋の照明が明るすぎて和嘉那が目を細めると、間接照明だけに切り替えながら湛が言う。
 その姿をじっと見つめていた和嘉那は耐え切れずに歩み寄り、背中から腕を回して抱き着いてみた。

「おっと、どうしましたか酔っ払い。まだ寝るのは早いですよ」
「眠いんじゃなくて……。こういうことして良いってことでいいですか」

 結婚するという話にまとまったはずなのだ。それはつまり恋人関係にあるということで、キスもしたし。手も繋いでくれたし。お互いに触れてもいいという意味なのだろうかと、確認。

「そうですね。すごく嬉しいんですけど、今日のところは俺からは何もできないかな。後から覚えていないと言われても」

 くすくすと笑いながら、巻き付けた腕を外して、正面から向き直られる。

「俺は後で使わせてもらいますから、先にどうぞ。一日お疲れでしょう。シャワー……」

 未練がましく和嘉那が正面からシャツを指で摘まむと、湛が小さく噴き出した。

「……洗ってあげましょうか?」

 想像しようとして、和嘉那はゆるく首を振る。

「そこまで酔っ払いでは」
「なら、早く済ませて。今にも寝そうな顔をしています。やっぱりお酒強くないみたいですね。大体わかりましたから、次は一杯で止めます」
「なんか、すみません」

 こんなはずでは、と情けない思いでベッドの上のルームウェアを手にしてバスルームへと向かう。
 熱いシャワーを浴びたらすっきりするかなと。

 結果的に、シャワーを浴びてぐずぐずと備え付けの基礎化粧品を使って髪を乾かしても頭の中がふわふわしたままで。

(完全に恋患ってます……)

 たぶん。
 出会ったときに一目ぼれして、ずーっとずーっと好きだった相手に好きだと言われて結婚の約束してキスされて。この怒涛の一日の最後に、普通でいる方が難しいのだ。
 バスルームを出て、スマホを眺めていた湛に「どうぞ」と譲ってベッドに飛び込むも、気持ちが全然収まらない。

(こう……、抑えきれない獣欲が、みたいな感じで。部屋のドア開けた瞬間に抱きしめられてキスされるとか……。無い。水沢さん全然酔ってないし、酔っ払った女苦手っぽいし、まあ、無い)

 現実。
 思い知りながら、うつぶせて枕を抱いているうちに、うとうとしてしまったらしい。
 気づいたときには、隣のベッドにすでに湛がいた。

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