落ちない男が言うには
「わー、全然気づきませんでした。出てきていたんですね」
「うん。いまちょっと寝てましたね」

 烏の濡れ羽色のうつくしい黒髪が、湿り気を帯びて見える。
 ぼんやりと見つめてから、和嘉那は起き上がって歩み寄り、隣に座ってみた。

「くっついて寝ていいですか」
「だめです」
「なんでですか」
「さすがに手を出してしまうと思います。一晩中自制心を試されるのは拷問です」
「手を出してみませんか」

 精一杯申し出てみたのだが、湛には不思議そうな目で見下ろされてしまった。なぜ。どうしてそんな目で見るんですかといたたまれない気持ちになる。

「何を焦っているんですか。今日でなくても、この先いくらでも機会はあります」

 伸びあがって、キスをしてみた。黙らせて、膝に乗り上げて、ベッドに押し倒す。

「私が水沢さんのこと好きなの、いつ気付いていたんですか」

 起き上がってこないように両肩を両手でおさえつえけて、尋ねてみた。

「いつ、か。……俺は。『紫陽花』を綺麗だと言ってくれたときに、絶対に、このひとに好きになって欲しいと強く思ったのが最初です。あとはもう、ずっと好きで、つまり最初から俺はあなたを好きだったので、あなたが俺を『好きになった』変化には気付かなかったな。ずいぶん人懐っこくて可愛いなとは思っていたけど、誰にでもそうなのか、俺に対してそうなのか、はっきりと掴めなかったし」

 分析が冷静すぎる。

「それはですね。私の場合は一目ぼれでもう完全に最初から好きだったので『変化』はないと思います」
「そうだったんですか」

 毒を喰らわば皿まで的に告白したのに、意外そうな顔をしないで欲しい。

「それで、私はずっと手の平で踊らされている感が。下手に好きって言って関係を壊したくないし」
「それは俺も同じです。この可愛い感じでいろんな男を屈服させてきた人ならどうしようかなって変な悩み方をしたし。どうしようというか、男の影があっても奪うのは決めていたけど」

 下から、見透かすような強い瞳に射られて、和嘉那は堪らずに湛の横にごろんと寝転がってみた。

「いちいちそういう……。男の影なんかあった試しがない……」

 過大評価甚だしいと手で顔を覆ったら、手首を掴まれて顔を覗き込まれてキスされた。

「ん……ふ……」

 息苦しくて唇を開けたら、舌を差し込まれて、内側を緩やかに愛撫される。

「みず、さわさん……」

 舌を絡めて吸われながら名を呼ぶと、一度唇を離した湛が身体の上に乗り上げて、両方の手首をベッドに縫い付けるように押し付けられた。

「酔っているみたいだし、するつもりなかったんですけど……」

 身体を起こしながら、片手で和嘉那の首筋を撫ぜる。布地越しに、下着を身につけていない胸をゆっくりと握り込むように揉みしだく。

「ん……ッ」

 薄暗がりに浮かぶような、湛の白くて優美な指に弄られていると思うだけで、背筋が甘く痺れて内側から潤うような感覚がある。息が上がる。

「気付かないふりをするつもりだったんですけど、誘われてますよね」

 もはや押さえつけられずとも手はくたりと力を失っていて、湛は両方の手を使って胸を握りこんだり、頂を探り当てては指で摘まみ上げたりと刺激を続けている。

「はい……。誘いました……」

 指摘されたことか、組み敷かれて触られていることか、お酒だけではない理由で頬を染めた和嘉那を見下ろし、湛はゆっくりと膝で和嘉那の太腿を押すように足を割り開きながら言った。

「可愛く認めてどうするの……。我慢する理由がなくなるんだけど」

 和嘉那は、投げ出していた手を伸ばして湛の背にまわした。弱く抱き寄せると、されるがままに湛が身体を倒してくる。
 顔が近づいたところで、和嘉那から耳に軽く歯をあてながら囁いた。

「我慢しないで。私の身体で……気持ちよくなれるなら」

 好きにしてくれて、構わないのに。

 精一杯伝えると、啄むようなキスを落として、湛が言った。

「避妊は100パーセントじゃないといいます。だから俺は、将来を考えられる相手としかするつもりがありません。……大丈夫ですか?」
 今している仕事のこと、先の計画。そういったものに関わることだけど、覚悟はあるのかと。
 湛の身体の重みを心地よく感じながら、和嘉那は頷く。

「もう決めました。この先は、あなたと歩いて行きたいです」

< 16 / 19 >

この作品をシェア

pagetop