婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
とにかく逃げ場を失い、見合いするしかなくなった。
もうどうにでもなれという気持ちで臨んだ。
日本庭園が望める一番上席の部屋で見合いは行われる。
カコーンという獅子おどしの音が軽快に聞こえてくる。
「初めまして。千寿流華道家元、千寿紅明です」
紅明は和服を上品に着こなし、整えられた口髭がよく似合うダンディな男性だった。
「妻の日和、そして息子の紅真です」
日和は艶やかな黒髪を美しいかんざしでまとめ上げた和服美人であり、恭しく頭を下げる姿すら美しい。
だがその隣で無表情を貫く紅真は、もっと美しかった。
(嘘、こんなに綺麗な男の子が存在するの?)
紅真は線の細い美少年で、まつ毛はとても長い。
無表情な顔つきは、まるでギリシャ彫刻のアポロンを拝んでいるかのように錯覚する。
そんなものは一度も見たことはないのだが。
よく見ると瞳の色は薄茶色で、見つめていると吸い込まれそうなくらい不思議な魅力を放っている。
早い話が、彼に見惚れた。
一刻も早く逃げ出したいと思っていたのに、菜花は紅真に釘付けになっていた。
「春海グループの春海藤夫です。噂には聞いていましたが、想像以上ですね! 紅真くん、こんなに美しい少年がいたとは」
「嫌だわ、あなたったら。でも本当に、天使が舞い降りたのかと思いましたわ」
両親の言葉には全面的に同意だが、何故か恥ずかしくて消え入りたかった。