婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


 女優と言われても疑わない彼女は、ニッコリと微笑み菜花からヒガンバナを受け取る。


「ありがとうございます」
「ヒガンバナ、綺麗ですね」
「ふふ、このヒガンバナを使って生けてみようと思っているんですの」


 生ける、ということは彼女も華道家なのだろうか。
 もしかしたら千寿流のお弟子さんなのかもしれないな、と思った。

 挨拶をすべきなのか迷っていたら、彼女の方から名乗ってくれた。


「私、千寿流華道の流れを汲む分家に当たります、珠沙(たまさ)流華道師範代、珠沙華枝(はなえ)と申します」


 珠沙流は菜花もよく知っている。
 千寿流から独立し、独自の華道を極めている流派だ。千寿とは遠い親戚に当たり、今も深い関係にある。

 その師範代と聞き、菜花も慌てて自己紹介した。


「春海菜花と申します。私は……」
「存じ上げておりますわ。春海グループ総帥のご令嬢にして、紅真の婚約者さん」


 菜花はびっくりして顔を上げた。
 華枝はフフッと楽しそうに笑う。


「紅真とは幼い頃から凌ぎを削っておりました、幼馴染になりますの」
「……あ、そうなんですね」


 紅真と親しげに呼ぶ幼馴染。
 何故か菜花の心臓がドクドクと速いリズムで鼓動する。


「今度ゆっくりご挨拶させてくださいね。それでは失礼します」
「はい、こちらこそ……」


 菜花はぺこりと会釈する。
 華枝は去り際もとても上品で、正に花のようだ。だけど、菜花を見る視線にわずかに毒が入り混じっているような、そんな気がした。
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