婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
「ねぇ菜花、展示会が終わったらゆっくり温泉でも行かない?」
「温泉? 行きたい!」
思わずぱあっと表情が明るくなる。
「その日は一日中、いや二日でも三日でも菜花を独り占めしたい」
「〜〜っ、紅真くんってなんでそういうこと真顔で言えちゃうの……?」
「え?」
頬が紅梅色に染まる菜花に対し、紅真はきょとんと首を傾げる。
「変なこと言ったかな」
「ううん、なんでもない」
赤い顔を見られるのが恥ずかしくて、紅真にぎゅうっと抱きつく。
「ご飯、もうちょっとでできるから待ってて」
「いつもありがとう。菜花の料理、すごく美味しい」
「良かった」
「――菜花のことも食べたい」
「……っ!」
低くて甘い声が菜花の鼓膜を震わせる。
ストレートな紅真の愛が菜花を包み込んで込み、満たしてくれる。
幸せだなぁと思う反面、時々脳裏を過ぎることがある。
(なんか紅真くん、すごく慣れてない……?)
花にしか興味がないと思っていたが、もしかして経験があるのではないだろうかと気になってしまうことがある。
(だって紅真くんってキスも上手いよね!?)
とはいえ、紅真のキスしか知らないので誰かと比べようがないのだが。
「菜花、どうかした?」
「ううん、何でもないよっ。ご飯にしよ」
「うん、手伝うね」
「ありがとう」
菜花はニコッと微笑み、またもやつきそうになる気持ちを胸の奥に閉じ込めた。