婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


 ハッと振り返ると、ニコニコと笑みを浮かべた華枝がいた。
 今日は萩色の着物を上品に着こなしている。


「こんにちは、菜花さんでしたわね」
「は、はい。華枝さんの生け花、とても美しいですね」
「ありがとうございます」


 何故かわからないが、彼女と相対するのは少し緊張する。


「ヒガンバナの花言葉は『情熱』ですの。燃え上がるような情熱を表現した作品ですわ」
「正に情熱的な作品だなって思っていました」
「私、これまで華道には情熱を注いできました。珠沙流を千寿にも劣らぬ流派とし、互いに切磋琢磨して高め合っていきたい。ずっとそう願って邁進してきましたの」
「素晴らしいですね」


 心からそう思っての言葉だった。
 華枝は見た目は姉の紫陽のようなおっとりとした女性に見えるが、内なる心には情熱的な向上心がある。


「紅真はお家元や先代にも負けない類まれな才能を持っています」
「それはもう……その通りだと思います」
「単刀直入に申し上げますわ」


 華枝は真っ直ぐ菜花に向き直る。


「紅真との婚約、解消してくださいませんか?」
「えっ……」


 思わずドクン、と心臓が大きく鼓動する。
 華枝は絶えずにこやかに微笑んでいる。しかし、その目には挑戦的な光が宿っていた。


「あなたでは紅真には相応しくありません」
「……っ!」
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