婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
菜花はなるべく自分の心を落ち着かせ、あくまで冷静に尋ねた。
「どうしてそんなこと、あなたに言われないといけないんですか?」
「あなたと紅真は政略結婚でしょう? あなたが婚約者に選ばれたのは、春海グループという後ろ盾を得るためですわ」
「……そうですけど、それが何か?」
「私と紅真は幼い頃から一緒に過ごし、互いに切磋琢磨して華道を極めて参りました。そして、私たちは愛し合っていたのです」
その言葉にヒュッと心臓を何かに掴まれたような思いがした。
「互いに想い合っていたのに、私たちは引き裂かれた。あなたと紅真の婚約が決まったからです」
「……」
「だけど、これも千寿流の繁栄のため。私は身を切る思いで紅真との別れを決断しました。お相手が春海グループのご令嬢と聞き、紅真に相応しい女性なのだと納得もしていました。――だけど、そうではなかったようですわね」
今まで微笑みを絶やさなかった華枝だが、スッと表情から笑顔が消える。
明らかに菜花に敵意を向けた、冷たい視線が菜花を突き刺す。
「次期家元の妻となる女性が、恥ずかしげもなくスタッフの代わりをしているだなんて。あなたにプライドはありませんの?」
「……!」
「あなたの軽率な行いが、紅真の評判を下げることになると思わなかったのですか? そうでなくても春海グループの令嬢がスタッフの真似事だなんて、示しがつきませんわ。そんなこと、下々の人間にやらせればいいこと」