婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


 まるで泥棒猫を見るような非難した視線を向けられるのは心外だが、「愛し合っていた」という言葉には菜花の心がズキリと痛む。


「私は――」
「春海?」


 菜花が言葉を発しようとした時、誰かに声をかけられた。


「何をしてるんだ。話があると言っていただろう」
「あ、赤瀬部長……」


 現れたのは、赤瀬だった。
 赤瀬はチラリと華枝に目を向けると、ニッコリと微笑んで恭しく会釈する。


「珠沙流師範代、珠沙華枝さんですね。初めまして、私は赤瀬花き株式会社の赤瀬耀司と申します」
「赤瀬花きさん? まあいつもお世話になっておりますわ」
「こちらこそ、いつもご贔屓にしていただき大変光栄です」


 どうやら珠沙流とも花材の取引があるらしい。


「お話し中申し訳ございません、春海は自分の部下でして少し仕事に関する大事な話があります。お借りしてもよろしいでしょうか?」
「菜花さんが赤瀬花きの社員……? そうでしたの」


 華枝は明らかに怪訝そうな視線を菜花に向ける。
 春海グループの娘が、何故別の会社に勤めているのだと言いたげな表情をしていた。


「ええ、どうぞ。私もそろそろ別の挨拶回りがございますので」
「ありがとうございます。今度ごゆっくりお話させてください」
「ええ、是非」


 華枝は上品に微笑んでその場を立ち去った。
 その笑顔が毒々しく思えたのは、菜花の気のせいなのだろうか。
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