婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
華枝の姿が見えなくなってから赤瀬は言った。
「場所を変えるぞ、春海」
「え、はい」
二人は会場から出て、近くのカフェに入った。
もしかして本当に仕事の話なのかと思い、菜花は姿勢を正す。
「仕事の話とは、何でしょうか」
「真に受けたのか。お前をあそこから連れ出す口実だよ」
「えっ」
「なんかトラブってるように見えたが、余計なお世話だったか?」
「……いえ、助かりました。ありがとうございます」
菜花はぺこりと頭を下げる。
あのまま話を続けていても、埒が明かない。そもそも会場内であんな話をすべきではなかった。
華枝に畳みかけられたとはいえ、乗ってしまったことを反省する。
「……そんな顔するな」
「え?」
「泣きそうな顔をしてる」
「……っ」
言われて目の奥から込み上げてくるものを必死に押さえ込もうとする自分に気づいた。
絶対にこぼすまいと堪えながら、無理矢理笑顔を作る。
「大丈夫ですよ」
「春海……」
「ご心配をおかけしてすみません。ありがとうございました、そろそろ戻ります」
菜花は立ち上がって会釈し、その場を立ち去る。
自分でも無意識のうちに小走りになっていた。
未だに紅真には会えていない。今、無性に紅真に会いたかった。
紅真と華枝が本当に愛し合っていて政略結婚のために引き裂かれたのだとしたら、菜花は完全に邪魔者だったことになる。
(でも、紅真くんは私を愛してくれている)
たとえ華枝の話が本当だったとしても、今は間違いなく菜花を愛してくれている。
菜花だけを愛していると言ってくれた紅真のことを、信じたい。
「紅真くん……っ!」
会場に着くと、ロビーに紅真の姿があった。
声をかけて近寄ろうとして、菜花の足が止まる。
紅真の隣に華枝の姿があった。