婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


「お前、いい人いないのか?」


 その時、思い浮かんだ相手は菜花だった。

 赤瀬は自分自身に動揺した。
 平静を装いながら父には「今はいない」と答えた。父は「そろそろ見つけておけよ」と言った。

 部下をそんな目で見るなんて最低だ。
 上司としての信頼を裏切る行為だと自分を責めた。

 だけど、一度芽吹いてしまった想いは止められない。
 無意識的に彼女を目で追ってしまうし、真面目な横顔も時折見せる花のような笑顔も、全てが眩しく見えてしまう。

 菜花がパートナーになってくれたら、そんな馬鹿みたいな妄想をして心を震わす自分がいる。

 好きだと認めてしまったら、想いは溢れるばかりだった。
 自分は上司で彼女は部下だと言い聞かせ、己を律することに必死だった。

 あくまで良い上司でいようと努めた。

 新年度に入り多忙を極めるようになってから、ふとした瞬間に寂しそうな横顔を見るようになった。
 仕事に追われるばかりで疲れているのかと思ったが、時折寂しさを滲ませた溜息が漏れ出ている。

 その理由を知るとともに、菜花があの千寿流華道次期家元・千寿紅真と婚約していることを知った。

 不意打ちでボディブローを食らったような気持ちになった。
 だけど、どこか納得する気持ちもあった。元から菜花と紅真の間には何かある、と勘付いていたところもある。
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