婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


 千寿流といえば赤瀬花きの昔からの太客だが、個人的に紅真はそれだけの存在ではなかった。

 実は赤瀬は高校時代華道部に入っていた。
 赤瀬の高校は部活に入るのが必須であり、華道部を選んだのは忙しくないからだった。

 また、いずれは会社を継ぐことになるため、少しでも花に触れておこうと思ったのだ。
 華道部はゆるい部活だった。それなりに真面目にやっていたが、大きな大会に参加するわけでもない。
 それなりに楽しく、ゆるくやっていた。

 高三になったばかりの頃、部活のメンバーと千寿流の展示会に訪れた。
 活動の一貫と勉強のために行ってみた。

 そこで千寿紅真の作品と出会った。

 花に息吹が込められたような、大担であり儚くもあった。
 グロリオサをメインに据えたその作品は、心に何かを訴えかけてくるようなものがある。

 赤瀬はその花に見惚れた。
 そしてこの花を生けたのが、自分より年下の十六歳の少年だと知った時は心底驚いた。

 彼は当時の家元である千寿菖蒲の孫であり、間違いなく次代の家元になると言われていた。
 正真正銘の天才とは、彼のことをいうのだとその時思った。

 赤瀬は昔から何でも器用にそつなくこなせた。
 勉強も運動も得意だったし、華道の腕前も素人にしては悪くないと思っていた。

 だが、そう思っていた自分を恥じた。
 紅真の前では自分など、少し器用なだけの凡人なのだと思い知らされる。
< 115 / 153 >

この作品をシェア

pagetop