婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


 そして、彼が菜花の婚約者だと知った時、彼の花を初めて見た時と同じ気持ちになった。

 感動もしたが、その中に確かに存在する羨望と嫉妬。
 いや、嫉妬が過半数を占めるドロドロとした気持ち。

 自分が絶対に敵わないと思った人物が、好きなひとの婚約者だった。
 やるせない思いと黒い感情が赤瀬を(むしば)む。

 取引先でもあるため、千寿流の個展やショーにはなるべく足を運ぶようにしていた。
 紅真のパフォーマンスショーは本当に見事なもので、溜息しかこぼれない。

 関係者席にいた赤い着物にマスクをした女性に目を奪われた。
 いつもと雰囲気が違ったが、菜花だとすぐにわかった。

 菜花はキラキラと瞳を輝かせ、紅真に見惚れていた。
 だがどこか切なそうにも見つめている。

 その後、パフォーマンスを終えた紅真が真っ直ぐ菜花の元へ向かっていくのが見えた。
 何を話しているのかわからなかったが、親しいのだろうとは思っていたので、実は婚約者と聞いてどこか腑に落ちていた。

 菜花が幸せならそれでいいと思いたい。
 だが、どうしても時折見せる寂しそうな表情が気になってしまう。


「俺なら恋人に寂しい思いはさせないけどな」


 冗談の中に本音を織り交ぜてしまう。


「そうだな、何事にも真面目で一生懸命な人かな。あとは笑顔が可愛い人」


 好きな女性のタイプを聞かれ、菜花を思い浮かべて菜花に話す。
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