婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


 まるで獰猛な獣そのもののようなオーラを放つ紅真だった。
 菜花を守るように前に立ち、怒りのこもった低い声で赤瀬を睨み付ける。

 常にクールで動じず、淡々としている紅真が感情的になる姿は初めて見た。
 思わず怯みそうになってしまった。

 言葉にせずとも伝わってくる。
 菜花は渡さない、菜花は自分のものだと。


「……行くよ、菜花」


 紅真と相対した時間はものすごく長く感じられた。
 殴られるかもしれないとすら思った。

 しかし紅真は菜花の手を引き、踵を返して足早に立ち去る。


「紅真くんっ」


 菜花も紅真に手を引かれて連れて行かれた。
 赤瀬の方を振り返ることはなかった。

 一人残された赤瀬は、グシャグシャと自分の頭を掻きむしる。


「……何やってんだ」


 先程までの菜花の表情が頭から離れない。
 気まずそうに視線を逸らそうとしたり、明らかに困ったように眉尻を下げていたり。

 そんな顔をさせたいわけじゃないのに、結果的に困らせてしまっていた。
 そしてあっさりと奪われてしまう自分が情けない。


「クソ……っ」


 ただ菜花のことが好きだった。
 真面目で努力家で、ふとした時に見せる花のような笑顔に惹かれた。

 あの笑顔を自分だけに向けて欲しい。
 もっと近い距離で一緒にいたい。
 誰よりも大切にして幸せにしたいと思っていた。

 赤瀬は拳を握り締め、しばらくその場に立ち尽くしていた。
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