婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


 流石に尋ねずにはいられなかった。
 紅真は花を生けながら平然と答える。


「花を生けています」
「それは見たらわかるんですけど……なんで今?」
「このガーベラ、もうほとんどダメで茎を短く切らないと水を吸わなくて、この湯呑くらいがちょうどいいなと思って」


 なるほど、全然わからない。
 これが華道家――芸術家というものなのだろうか。


「あの、湯呑に花を生けても大丈夫なんですか?」
「器は何でも良いんです。ガラスのコップでも器になります」
「そういうものですか」
「これに花を生けたいと思ったものに生けたら良いんです」


 何だか意外だなぁと菜花は思った。
 華道というのは花を生けるための器も大事なのだと思っていた。作品の一部であり、土台にもなり得るものなのに。


「ほら、少しだけ元気になった」


 そう言って生けたガーベラを見せられたが、菜花にはよくわからなかった。
 わからなかったけど、湯呑に生けたピンクのガーベラはとても愛らしかった。


「かわいい」


 こんなに茎を短く切られても、一生懸命水を吸って頑張っているのだと思うと、何だか愛おしくなる。
 自然と笑みがこぼれ出ていた。


「紅真、さんは次の家元になるんですよね」
「まあ、そうですね」
「紅真さんの作品、見たいです」


 これは心からの本心だった。
 湯呑にまで花を生ける人はどんな作品を創るのだろうと興味が湧いたのだ。

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