婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


 華枝は何故か距離が近い。すぐに触れようとしてくる。
 誰にでも愛想が良くコミュニケーションに長けているので、これが華枝の普通なのかもしれないが、紅真は苦手だった。


「おお! 次期家元に珠沙師範代じゃないか!」


 そして、華枝がいると目立つのも難点だ。
 あっという間に囲まれてしまう。紅真は内心で溜息をついていた。


「二人とも立派になって! 千寿も珠沙も君たちが盛り上げていってくれよ」
「もちろんですわ。千寿も珠沙も、いえ華道全体を盛り上げていきたいと思っております。二人で」
「それは頼もしいなぁ!」


 何故か華枝は「二人で」を強調した。
 勝手なことを言うなぁと隣で聞いていた。

 ふと、会場の外に菜花の姿を見つける。
 遠くからでもすぐにわかった。

 やっと会えたと思った直後、菜花が別の男と一緒にいるのが見えた。
 二人の空気が只ならぬものであることはすぐに察した。


「は…………?」


 気づいた時には頭より先に体が動いており、挨拶もなしにその場を飛び出した。


「紅真!?」


 華枝の声などまるで聞こえず、ロビーから走り去る。
 菜花はグイッと男を押し出す。

 咄嗟に菜花を庇うように前に立ち、菜花に触れようとする男から遠ざけた。


「――菜花に触るな」


 自分でもわけがわからない程怒りに震えた。
 あの時とは比べ物にならない。
 体中の血が騒ぎ、筋肉や血管がピンと張り詰めたような感覚になる。
 自分自身をコントロールできないと思った。
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