婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
目の前の男――赤瀬耀司を本気で殴り飛ばしたい。
仕事ではお世話になっている人物であっても、関係ない。
何者であろうが、この世で菜花に触れていいのは自分だけだ。
暴れ出したくなる気持ちを必死に抑え込み菜花の腕を掴むと、そのまま菜花を連れ出した。
誰もいない場所に菜花を連れ去りたかった。
(菜花は誰にも奪わせない)
どこかに閉じ込めてしまいたい。
自分だけのものにしたい。
醜い嫉妬心とドロドロとした執着心が紅真の心を支配する。
頭の片隅で理性的な自分が「また菜花を傷付けることになるぞ」と警報を鳴らしている。
(わかってる……でも自分が抑えられない)
こんなにも真っ黒い感情を抱いているなんて知られたら、きっと菜花は――。
「っ、紅真くん……怒ってる?」
ハッと気づくと、腕を引いていた菜花がわなわなと唇を震わせていた。
そこでようやく本当の意味で我に返り、震える小さな肩を優しく抱き寄せる。
「怒ってないよ」
努めて優しい声色を心がけた。
少なくとも菜花には怒っていない。
ずっと涙を我慢していた菜花は、紅真の腕の中で壊れたように泣きじゃくる。
「きらわれたかとおもった……っ」
「嫌わないよ。菜花のこと、嫌うわけない」
「うっ、うっ……」
このままだと人目についてしまうため菜花を宥めながら駐車場まで連れて行き、自分の車の中に座らせた。