婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
「ありがとう、紅真くん。もう大丈夫」
ハンカチで涙の痕を拭うと、いつもの菜花に戻っていた。そして少し伏し目がちに言った。
「あのね、さっきその、赤瀬部長に告白された……」
「そう……」
何となくわかってはいても、胸の中にざらりとした嫌なものを感じる。
「ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「だって、私もすごく嫌だから。紅真くんに他に好きな人がいたかもしれないって、考えるだけでつらかった。紅真くんに沢山女性のファンがいても気にしてなかったけど、私だけを見てほしい……」
そう言ってまたポロポロと涙をこぼす彼女が愛おしい。
「私も紅真くんだけだよ。ずっと紅真くんのことしか見てな……んっ」
皆まで聞かずに唇を塞いだ。菜花の不安を取り除きたくて、何度も角度を変えて口付けた。
「紅真くん、大好き」
涙を浮かべながら花のような笑顔で紅真を見上げる菜花がかわいくて愛おしくて、このまま連れ去って二人きりになりたかった。
「紅真くん、そろそろ戻らないと」
「このまま抜け出さない?」
「ダメだよ! みんな紅真くんのこと待ってるんだから」
紅真は少し不服だったが、スマホには蘭からの「今どこなの?」という鬼のようなメッセージが入っていた。