婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
紅真は少し考えるような素振りを見せたが、「わかりました」と答えて席を立つ。そのまま部屋から出て行こうとするので、菜花も慌てて追いかけた。
「廊下に飾る花を生けさせてもらいました」
「わあ……!」
廊下の突き当たりに見事な生け花が飾られていた。
まず目を惹くのは薄桃色の金魚草。その周りを取り囲むように緑色の葉が金魚草の存在感を引き立てる。
小さな鈴蘭が垂れ下がり、さりげない遊び心を感じられた。
生け花のことはわからない。
わからないけれど、この場所だけパッと明るく見える。
「……せっかく生けさせてもらったけど、納得してないんですよね」
紅真は暗い声でポツリと言った。
「つまらないでしょ?」
「どこが!? ものすごく綺麗でかわいいじゃないですか!」
菜花は思わず大きな声を上げていた。
「すごくかわいいです! さりげなくここを通った時、思わず見ちゃうなって思いました。そもそも料亭の廊下に作品が飾られるなんて、普通の高校生には絶対無理ですよ」
決して派手な作品ではない。
でもほっと心を和ませてくれるような、そんな温かい作品だと思った。
「かわいいなぁ、いいなぁ。私も欲しいなぁ」
何気なしに本音が漏れていた。
「……良かったら、生けてみようか?」
「えっ? あ、いや、そんな……」
「きっと良いものができると思う。良い名前ですよね、菜花」
「……っ!」