婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


 菜花に向かって優しく微笑みかけた笑顔に、きゅっと心の奥を掴まれる。
 初めて見た紅真の笑顔は、母が言っていたように天使みたいだと思った。何よりずっと無表情だったのに、急に見せる笑顔の破壊力はとてつもない。


「ありがとう、ございます」
「タメ口でいいよ。さん付けもいらない」
「でも、先輩だし」
「学校の先輩後輩じゃないんだし、堅苦しいのはいいよ。僕も菜花って呼ぶから」
「っ、」


 二度目に呼ばれた自分の名前は、鈴の音を転がすような耳心地の良い音に聞こえた。


「紅真、くん」


 結局年上を呼び捨てにするのは気が引けたので、そう呼ぶことにした。

 菜花はこれまで味わったことのない感覚に、心が震えた。
 あんなに婚約だなんてあり得ない、早く帰りたいと思っていたのに、彼が婚約者となることにときめきを隠せない。


(あんなにお姉ちゃんを恨めしく思っていたのに、今では譲ってくれて嬉しいとか思っちゃってる……)


 見合いは筒がなく終わり、その翌日本当に生け花が届けられた。
 しかもその日は菜花の誕生日だった。

 菜花に贈られた生け花は、黄色い花で統一されていた。
 中央に菜の花が置かれ、他にもマリーゴールドやコレオプシスといった花が取り囲む。

 葉も茎も全てが菜の花を主役として引き立たせていた。
 あまりの綺麗さに感激してしまう。何より名前の由来となった、菜の花にメインとしてくれたことがとても嬉しかった。

< 14 / 153 >

この作品をシェア

pagetop