婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


 菜花は紅真が花を生けている姿が好きだった。
 長くて美しい指先から紡がれる、優雅で大胆で美しい花々。同じ花でも紅真が生けると、全く気づかなかった花の魅力に気づかされる。

 お花って、こんなに綺麗なんだと実感させてくれるのだ。

 何より紅真の真剣な横顔はいつ見ても眩しい。
 ただひたむきに努力し、花と向き合い、自分と向き合い続ける紅真のことを尊敬していた。

 自分も花卉についてもっと勉強したくて、就職先に赤瀬花きを選んだ。
 元々春海グループに入るつもりはなく、自力で内定を勝ち取った。
 親たちは菜花が大学を卒業したらすぐにでも入籍させるつもりだったらしいが、「一度きちんと社会に出させてください」とお願いして就職を許してもらった。

 少しでも千寿流華道次期家元の婚約者として、相応しい女性になりたかった。
 ただでさえ天才肌の紅真と凡人な自分では釣り合っていない。

 少しずつでも良いから、紅真の隣に並び立てるような自信を付けたい。
 紅真のことを支えられる妻になりたい。

 紅真が花に注ぐような情熱を、自分にも傾けて欲しい。
 そうしていつの間にか十年の月日が過ぎていた。

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