婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
(こんなに好きなのに、どうして遠いの……?)
親同士が決めた婚約者。
千寿と春海、互いの利益の一致による政略結婚。
それでも菜花は紅真のことが好きだった。
好きだからこそ苦しい。
どんなに想っても紅真は振り向いてはくれない。
菜の花のことは愛でても菜花には無関心。
親同士が決めた婚約者、それ以上でもそれ以下でもないのだから。
「――菜花」
名前を呼ばれてハッとした。
いつの間にか目の前に紅真がいた。
たったそれだけのことなのに胸がトクンと高鳴る。
「来てくれたんだね」
「あ……お疲れ様」
「どうしてマスクをしてるの? 風邪?」
「いや、その、予防? みたいな……」
今更ながら着物にマスクは似合わなかったな、と思った。
「それより紅真くん、すごかったね。とても綺麗だったよ」
「ん、ありがとう」
やはり紅真は淡々としている。
「菜花、明日の夜空いてる?」
「え、空いてるけど」
「じゃあ六時に迎えに行く」
「えっ、なんで?」
「なんでって、菜花の誕生日でしょ」
「……っ!」
明日は三月一日、菜花の誕生日。
毎年お花を贈ってくれるだけなのに、急にデートに誘うようなことを言われて戸惑いが隠せない。
「でも紅真くん、忙しいんじゃないの?」
「昼は講習会があるけど、夜は空いてるよ」
「でも……」
「たまには一緒にお祝いさせて」