婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


 紅真はずっと無表情で何を考えているのかわからない。
 だが、忙しい合間を縫って時間を作ってくれたことは嬉しかった。


「……ありがとう」
「それじゃあまた明日。まだやることがあるから」


 そう言うと紅真は踵を返して立ち去った。
 その後ろ姿を見送りながら、きゅうっと胸が締め付けられる。

 紅真と出会って十年。婚約をしたのも十年前。
 何故急に誕生日デートに誘ってくれたのかはわからなかったが、良い機会なのかもしれないと思った。

 今までずっと考えていたこと、ずっと決心しきれずにいたこと。
 この機会に腹を括ろうと思った。

 紅真が誕生日デートに誘ってくれた。きっと最後の素敵な思い出になる。


(明日、紅真くんとの婚約を破棄する)


 このまま結婚してもただ虚しいだけだ。
 好きな人に好きになってもらえない、体裁を保つための結婚をしても虚しいだけ。
 幸せな夫婦になんてなれるわけがない。

 ずるずるとこの関係を続けてきてしまったが、お互いのためにも良くない。
 どうしても好きで離れがたくてここまで来てしまったけれど、明日で終わりにしよう。


(紅真くんのことは好き。好きだからこそ、離れなきゃ……)


 菜花はそう決意を固めた。

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