婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


 当時の彼氏と別れ、初めて紅真と会った時に紫陽はポツリとこぼしていた。
「私が婚約しても良かったかも」と。


「結局その後すぐに新しい彼氏作ってたけど、本当は婚約しなかったこと後悔してるんじゃないかと思う。両親は千寿家と繋がれるならどっちでもいいと思うし、丸く収まると思うんだよね」
「紅真さんはそれで納得するの?」
「わからない……別に興味ないんじゃないかな」


 紅真が結婚するのはあくまで家のため。
 家元として家業を継ぐためのプロセスに過ぎないのだから、相手は誰でもいいはずだ。


「もしお姉ちゃんが断ったら、その時は私が誠心誠意謝罪するよ」
「後悔のないようにね。頑張って」
「ありがとう」


 その後雛乃とは別れた。
 紅真に会う前に化粧を直し、ヘアスタイルも整える。


(どうしよう……緊張してきたな)


 紅真は車で迎えに来てくれることになっている。
 一応メッセージを入れて待ち合わせ場所で紅真を待った。


(そういえば、今日どこに行くのかとか聞いてないな)


 ソワソワしながら待っていると、十八時ピッタリに白い車が停まった。


「菜花」
「紅真くん……っ」


 車から降りた紅真は、薄いグレーのスーツを着ていた。
 和服姿もよく似合うが、スーツ姿はまた違った魅力がある。ただ立っているだけでカッコ良くて、きゅうっと胸が締め付けられた。


「誕生日おめでとう、菜花」

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