婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


 ウェイターが紅真の耳元で何かを囁いた。紅真が一言何かを言うと、恭しくお辞儀をして立ち去る。
 何だろうと思っていたら、急に紅真が立ち上がった。


「菜花、あっちのソファでワインを飲まない?」
「あ、うん」


 ワイングラスを持ち、ソファに腰掛ける。
 浅く腰掛けただけで沈んでいくような低反発性がとても心地良い。


「紅真くんってお酒強いよね」
「そうかな?」
「だって全然変わらないじゃない」
「菜花は少し顔が赤い」


 紅真はそう言って手の甲で菜花の頬に触れる。
 冷たくて大きな手に触れられて思わずドキッとした。


(なんか紅真くん、いつもより距離が近い気がするの気のせいかな……)


 紅真と菜花の間には半人分くらいのスペースが空いている。
 近いけれど近すぎない絶妙な距離感だ。
 紅真の顔を見ると緊張してしまいそうで、何より決意が揺らぎそうになってしまうと思い、夜景ばかりを眺めていた。

 だけどガラスに映る自分たちの姿にやはり緊張してしまう。


「菜花、実はもう一つプレゼントがあるんだけど」
「え?」
「後ろを見て」


 振り返ると、いつの間に用意されたのか大きくて美しい生け花が飾られていた。

 ガーベラ、マーガレット、ハナミズキ、それに菜の花。
 ピンク、白、黄色を中心とした華やかでかわいらしい作品だった。
 どれも菜花の好きな花ばかりで、見ているだけで心が弾む。


「綺麗……すごくかわいい」

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