婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


 菜花は立ち上がって近くでよく見た。
 花器となっている白い花瓶もとてもかわいらしい。
 まるで大きなブーケをイメージしたような、正に贈り物とも言うべき作品だった。

 本当に感激した。作品展に出せるレベルの作品であることは間違いない。
 紅真が生けた花はどれも素晴らしいが、これは昨日ライブパフォーマンスで見せた作品と匹敵する。


「ありがとう……すごく嬉しい」


 紅真程の華道家が、自分のために花を生けてくれるなんて贅沢すぎる。
 これだけ大きな作品、ここに運んでくるだけでも大変だったはずだ。レストラン側と相談し、サプライズを用意してくれたのだと思うと胸がいっぱいだった。


(最後にすごく素敵な思い出をもらった)


 これでもうきっぱりと別れられる。
 菜花は改めて紅真に向き直り、真っ直ぐ彼を見つめた。


「ありがとう、紅真くん。すごく素敵な誕生日になった」
「菜花」
「最後にすごく素敵な思い出になったよ」
「最後……?」
「紅真くん、婚約を破棄させてください」


 紅真の目を見てはっきりと言った。
 いつも無表情の紅真が、動揺したように目を見開く。


「えっ……?」
「この関係を終わりにしたいの」


 流石の紅真も予想していなかったのだろうか。
 かなり驚いた様子で菜花を凝視している。


「……理由を聞いてもいい?」
「今更に思われるかもしれないけど、やっぱり政略結婚じゃなくて――ちゃんと恋がしたいなって思ったの」

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