婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
だから聞こえてきた拒否の言葉に思わず顔を上げる。
目の前には見たこともない複雑そうな表情をした紅真がいた。
「婚約破棄はしない」
「紅真く……」
「菜花以外と結婚するつもりはない」
「っ!」
こんなにもキッパリと断られるとは想定しておらず、菜花は狼狽えた。
予想していた反応と全く違った。
紅真は矢継ぎ早に問いかける。
「恋愛したいって、他に好きな男がいるの?」
「それは……」
「っ、いるの!?」
「い、今はいないけど……っ」
「今は? 前はいたってこと?」
「……」
(紅真くんが大きな声をあげるなんて思ってなかった。なんで? 私のことなんて何とも思ってないんじゃないの……?)
菜花はどう答えたらいいかわからず、視線を泳がせながら黙りこくってしまう。
それを紅真は肯定と受け取ったようだった。
「……いたんだ。その格好も……」
グイッと腕を掴まれたと思うと、菜花はいつの間にか紅真の腕の中にいた。彼に抱きしめられているとすぐに自覚できなかった。
「やっと…………のに」
「紅真くん……?」
「僕は菜花じゃないと嫌だ」
「……っ」
紅真の声はとても切なげだった。いつも淡々としていて感情の起伏が少ないあの紅真が。
菜花を抱きしめる力はどんどん強まる。
「恋がしたいなら、僕じゃダメなのか?」
「え?」
「菜花が恋する相手、僕で良いと思うんだけど」
「そ、それは……っ」