婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
紅真とのやり取りは事前に何パターンかシミュレーションしていたが、この展開は全く予想していなかった。
(そもそも紅真くんへの恋を断ち切るための婚約破棄だったのに、どうしてそうなるの?)
「……っ、紅真くんは私に興味なんかないじゃない!」
思わず紅真の腕を押し退けていた。
「今までずっとそうだったくせに、急にそんなこと言われても困るよ……!」
「僕はずっと――、」
紅真は何かを言いかけたが、言い淀んでから肩をすくめた。
「……いや、菜花にはそう思わせていたのかもしれない。ごめん」
そう言って菜花に向かって頭を下げた。
「今まで次期家元として腕を磨くことに必死で、ちゃんと菜花のこと見れてなかった」
「紅真くん」
「でも、これだけは信じて。僕は菜花のことどうでもいいなんて思ってないから」
紅真は真っ直ぐ菜花の目を見て言った。
その真剣な眼差しは花を生けている時と変わらなくて――菜花の胸がトクンと高鳴る。
「菜花、チャンスが欲しい」
「チャンス?」
「一からやり直させて欲しい。婚約者としてちゃんと菜花と向き合いたい」
「っ、どうして……?」
十年という時間は決して短いものではない。
頻繁に会うような関係でこそなかったものの、紅真のことはずっと見ていたつもりだ。
だが、花以外のことでこんなにも真剣になる紅真は十年間見たことがなかった。