婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
好きな人の前では綺麗でありたい、かわいいと思ってもらいたいのに全部台無しになった。
「菜花」
「……」
「菜花、こっち向いて」
「……むりっ」
するとガバッと布団を剥ぎ取られてしまった。
「――かわいい、菜花」
「っ!?」
紅真が微笑んだ。
紅真の笑顔を見るのはあの日以来だった。その上あの時とは違い、とろけるような甘さがある。
耐えられなくなった菜花はベッドから飛び出し、「シャワー浴びてくる!」と言ってシャワールームに駆け込んだ。
昨夜から今まで知らなかった紅真ばかりを見せられ、頭が追い付いていない。
最後の夜と覚悟を決めていたのに、こんな展開は予想してなかった。
(勘違いしちゃダメ、紅真くんは私を好きなわけじゃない。ただ結婚相手に私がちょうどいいから手離したくないだけなんだよね……)
そうは思いつつも、「振り向かせる」と言った紅真の言葉にときめいてしまっているのもまた事実。
ゲンキンな自分に溜息を漏らさずにはいられなかった。
時刻は朝の六時。これから急いで帰宅すれば出勤時間には間に合うだろう。
今の状況を紛らわせるものは仕事しかない。
シャワールームから出て再びバスローブをまとい(着るものがこれしかなかった)、ひょっこり顔を出す。
「紅真くん、私一度帰りたいんだけど……」
「ああ、そうだね。ちょうどいいから僕も挨拶に行きたいな」
「挨拶?」
「菜花と同棲させてくださいって」
どうやら紅真の本気は菜花の斜め上をいっていたようだった。