婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


「次期家元のパフォーマンスに見惚れた顔してたぞ」


 それを聞いてかあっと頬が熱くなる。
 確かに見惚れていたとは思うけど、それを指摘されるとものすごく恥ずかしい。

 雛乃が言っていた好き好きオーラが出ているとは、このことなのだろうか。


「……春海って、そんな顔もするんだな」
「え?」
「いや、何でもない。そういえば黄色い着物じゃなかったな」
「いつも黄色じゃないですよ」
「赤もすごくよく似合ってた。綺麗だったよ」


 そう微笑むと赤瀬は立ち去っていった。

 本当のことを言うと、あの日黄色の着物を選ばなかったのは赤瀬が来ているかもしれないと思ったからだ。
 赤瀬花きと千寿華道会は取引先相手だし、御曹司の赤瀬が来ている可能性は大いにあると思った。

 菜花イコール黄色というイメージを逆手に取り、赤い着物を着ていればすぐには気づかれないだろうと思った。
 実際はしっかり気づかれていたけれど。


「部長ってやっぱりモテるんだろうな……」


 嫌味がなくさらっと言えてしまうあたり、モテるだろうと思った。
 そんなことを思いつつ、菜花も仕事に戻った。


* * *


 余計なことを考えないように仕事に没頭した結果、思いのほか捗ってしまい定時に帰れた。
 会社から出て、菜花は思わず二度見した。


「こっ、紅真くん!?」


 なんと目の前に紅真がいた。


「お帰り、菜花」
「えっ、ちょっ、なんで!?」
「菜花のこと迎えに来た」


 平然としている紅真に対し、菜花は慌てる。
 こんなところに千寿紅真がいたら注目を集めてしまう。何より会社の人に見られることは避けたい。


「ちょっとこっち!」


 菜花は紅真をグイグイ引っ張り、なるべく会社から離れた。

< 44 / 153 >

この作品をシェア

pagetop