婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


 嬉しいけれど、今この場が外だということを思い出して慌てて紅真から離れる。


「紅真くん、外だから……誰かに見られちゃう」
「ああ、ごめん。そういえば菜花、会社で僕のこと話してないの?」
「話してないよっ。紅真くん、うちの会社じゃ有名人なんだから驚かせちゃうし」


 婚約のことは赤瀬にも話していない。
 女性社員が「次期家元ってイケメンだよね」と話しているのを聞いたことがあり、社内にもファンがいるんだと思ったことがある。
 春海グループの娘であることすら隠し、一般人を装っている菜花にとっては隠し通したいことだった。


「ふうん……」


 紅真は何となく不服そうだった。
 何故不服そうにしているのかはわからない。
 しかし今まで何の感情もわからなかった紅真が、不服そうだと顔に出ているのは珍しいことだった。


「それより紅真くん、この後見に行くの? その、物件を」
「ああ、車に乗って」
「う、うん」


 今朝の話でもう見つけてきたのかと思うと、父の行動力には呆れてしまう。
 紅真の車で向かった先は、南麻布だった。選ぶ場所が流石の高級志向だなぁと思いつつ、車に揺られる。

 どんなタワーマンションに連れて行かれるのだろうと思っていたが、ここかなと思うタワマンは全てスルーし、どんどん坂を登ってゆく。
 住宅街に入ったところで、とある戸建ての前に止まった。見た目はなかなかに年季の入っているようで、お世辞にもおしゃれな外装とは言い難い。

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