婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


「お姉さんとも話してみたいんだけど、紹介してくれる?」


 姉がいると話したことがあったかわからないが、急にそんなことを言われて戸惑った。
 けれど断って嫌われるのが嫌だった菜花は、紫陽にそのことを話してみた。「別にいいわよ〜」と二つ返事をした紫陽の連絡先を教えたら、その後彼からの連絡は途絶えた。
 ある日、紫陽とその彼が手を繋いで歩いていたところを見かけた。


(最初からお姉ちゃんに近づきたかったんだ)


 美人でかわいい紫陽は他校にも知れ渡るくらいモテていた。
 恐らく一緒にいるのを見かけたのか、菜花が妹だと知って近づいてきたのだとその時に気づいた。


(好きになる前で良かった。うっかり私のことどう思ってる? なんて聞いてたら……最悪だった)


 この時の出来事は今でも菜花の胸の奥に、棘が突き刺さっている。
 ある種呪いのように。

 だからこそ、紅真の気持ちが知りたいのに知るのが怖いと思ってしまう。


「――菜花?」


 紅真に顔を覗き込まれ、ハッとした。


「どうかした?」
「ううん、何でもないよ」
「菜花が気に入ったのなら、ここにしよう」
「うん」


 こうして二人で住む家が決まった。
 後日紅真の両親にも挨拶したが、やはり菜花の両親同様に喜ばれた。
「もう籍を入れたらどうだ」とも言われたが、紅真はきっぱり否定した。

「それはまだだよ」

 まだ、という言葉にドキリとした。
 やはり紅真は婚約破棄するつもりは一切ないらしい。

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