婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
確かにこの一ヶ月で紅真は菜花と向き合おうとしてくれている。
いきなり同棲しようと言い出して驚いたところはあるけれど、菜花の意思を尊重してくれる気持ちも伝わる。
この新しい家は実は菜花の会社までのアクセスが良く、通勤が前よりも楽になった。
都心だが周囲には自然が多く、坂道は少し大変だがウォーキングにはちょうどいい。
引っ越しの際もきちんと相談してくれつつも積極的に手続きを進めてくれたり、家具を選ぶ際も菜花の好みを聞いてくれた。
芸術肌の紅真は勝手にこだわりが強いと思い込んでいたが、花以外のことはそうでもないようだ。
まだ慣れずにドキドキしてしまうものの、こうして紅真が気持ちをストレートに伝えてくれるのは嬉しい。
(向き合ってなかったのは、私も同じだったのかもしれない)
今までは紅真の邪魔になりたくない、嫌われたくないという思いから踏み込めなかった。
せめて良い婚約者であろうと必死になっていた部分もある。
(紅真くんはずっと私に興味がないと思っていたけど、私も紅真くんのことをちゃんと知ろうとしてなかった。踏み込みすぎて嫌われて、傷つくのが怖かったから。それなのに勝手にいじけてたんだ)
今なら、もう少し紅真に近づけるだろうか。
このまま同棲を続けていく中で、自然と結婚が意識できるかもしれない。
だけど、紅真の本当の想いを聞くのが怖い。
好きで好きで大好きでたまらないからこそ、臆病になってしまう。
(紅真くん、私のことどう思ってる?)
その言葉を口にすることはなかった。