婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
赤瀬の口調は極めて穏やかで優しいものだった。
菜花のことを気遣って心配してくれているのだと伝わってくる。
「っ、ありがとうございます……」
「春海のバイタリティ溢れるところは買ってるけどな、もう少し周りを頼れ」
言われて菜花は自分がやらなきゃ、自分がしっかりしなきゃという思いが強かったことに気付いた。
自分も入社して四年目となり、来月には新卒社員が配属されてくる。
企画を採用してもらったことも踏まえ、もっと頑張らなきゃいけないというある種の強迫観念に囚われていた。
そんなところを赤瀬は気付いてくれたのだ。
「すみません、肩を張りすぎていたのかもしれません。環境が変わったのもありますし」
「環境が変わった?」
「あ、最近引っ越しをしたんです」
「そういえば転居届を出していたな。南麻布だっけ? 良いところに引っ越したな」
「はい。でもなかなか時間が合わなくて、ちょっと寂しいんですよね。紅真くんが忙しいのはわかってたことなんですけど……」
「コウマくん?」
「あっ!」
思わずポロッとこぼれ出てしまっていた。
驚いた表情で菜花を見つめる赤瀬。
やってしまった、と思いながら「これも内密にお願いします」と前置きし、実は婚約していることを打ち明けた。
赤瀬はかなり驚きながら、どこか納得したように頷いていた。
「なるほど、妙に親密に見えたのはそのせいか」
「親密に? 私たちがですか?」
「ああ、何かあるんだろうとは思っていたが、婚約していたのか……」