婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


 そう言って赤瀬は優しく微笑む。


「俺なら恋人に寂しい思いはさせないけどな」
「そうなんですか?」
「こう見えて尽くすタイプなんだ」


 その言い方に思わず噴き出してしまった。


「男性で言う人初めて聞きました」
「そうか? 俺は優しいぞ」
「それはわかります」


 全女性社員が憧れていると言っても過言ではない赤瀬とこんな雑談をしているなんて、本当に不思議な気分だ。
 なんだか赤瀬と話していたら、段々とリラックスできていた。
 こんな話をするつもりではなかったものの、話を聞いてもらえて少し気持ちが楽になった。


「部長、ありがとうございます。ご馳走様です。サンドイッチはデスクでいただきますね」
「ここで食べていかないのか?」
「大丈夫です。部長のおかげで少し元気になりました。本当に部長が上司で良かったです」


 菜花は丁寧に会釈をし、カフェから出てオフィスへと戻ろうとした。
 だが、ちょうど通りかかった人とぶつかりそうになり、避けようとして躓きそうになる。


「危ない!」


 咄嗟に赤瀬が支えてくれたので、菜花は転ばずに済んだ。


「あ、ありがとうございます」
「大丈夫か?」
「はい」


 菜花はもう一度会釈し、今度こそオフィスに戻った。
 菜花の後ろ姿をじっと見つめる赤瀬の表情が、何とも言えない切ない表情だったこと、菜花は知らない。

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