婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


 菜花が嬉しそうにその男のことを褒めているのが嫌だった。

「その人、うちの会社の社長の息子さんだから。赤瀬耀司さんっていうんだけど、会ったことない?」

 赤瀬耀司。
 その名前を紅真はよく知っている。

 元々菜花の勤めている赤瀬花き株式会社は、昔から千寿華道会とは密接な繋がりがある。
 使用する花材はほぼ赤瀬花きを通じて仕入れている。
 子どもの頃、父に連れられて赤瀬社長とその家族との会食に参加したことがある程、家族ぐるみの付き合いもあった。

 耀司とはその時に初めて会っていた。当時のことはほとんど記憶にないが。

 菜花が赤瀬花きに就職すると言った時は驚いたけれど、そこまで気にしていなかった。
 だけど、今は上司と部下として一緒に働き、とても親しくしているようだ。

 何より耀司は菜花に対し、部下以上の特別な感情を抱いているかもしれない。
 考えるだけで嫉妬で狂いそうだった。

 自分は同じ家で生活していながら、なかなか菜花に会えない。
 それなのにあの男は毎日菜花と会って話しているのかと思うと、強烈な拒否反応を覚える。
 ましてや菜花に触れていただなんて。

 菜花を愛していいのは自分だけだ。
 菜花を誰にも渡したくない。

 そんな強い激情に押し流され、気付いていたら菜花の唇を強引に奪っていた。


「……嘘でしょ」


 話を聞いた蘭は、信じられないといった表情で紅真を見つめていた。
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