婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
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千寿紅真は華道の名門・千寿流華道家元の長男として生まれた。
流派としては比較的新しい流派であるが、伝統的な和の手法とモダンな洋の要素も取り入れ、独自の技術を確立していった。
千寿の華道家たちは様々な場所で活躍し、今も尚進化を続けている。
紅真は物心ついた時から、花に囲まれていた。
当たり前のように華道を一から習わされていた。ちゃんとしないと怒られる。
何故自分はこんなことをしなければならないんだと思っていたが、当時の家元で紅真の祖母・菖蒲が言った。
「紅真、やりたくないのなら無理にやらなくてもいい。でもね紅真、お花はとても真っ直ぐなの。愛情を注いで育てた分、応えてくれる。だからこそ花は、人々の心に想いを咲かせてくれるのよ」
その時の菖蒲の言葉はあまり理解できなかった。
だけど、その時菖蒲が生けた花が、幼いなりにとても綺麗で感動したことは鮮明に覚えている。
この時紅真の心に感動という花を咲かせてくれた。
祖母のように花を生けてみたい。そう思ったら華道の稽古が楽しくなっていた。
菖蒲はどんな作品でも紅真を褒めてくれた。それが嬉しくて、もっと菖蒲を喜ばせたい、笑って欲しいと思った。
華道が楽しくて、いつの間にか花が大好きになっていた。菖蒲の元で伸び伸びと思うがままに、花を生ける。
そんな紅真のことを周りはいつしか、天才だと持て囃すようになっていた。
「流石は家元の孫」
「あの子がいれば千寿流は安泰だ」
だが周囲の声に興味はなく、ひたすら紅真は花と向き合う日々を続けていた。
菖蒲が言っていたように、いつの日か誰かの心に想いを咲かせることができるように、と願いを込めて。
だけど菖蒲は、紅真が十七歳の時に亡くなった。