婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
紅真に華道の楽しさを教えてくれた祖母の死は、紅真に大きな喪失感を与えた。
菖蒲の喪が明けてから、父の紅明が家元を継ぐ。
それと同時に紅真は次期家元に任命された。
だがその日から、周囲の紅真に向ける目は厳しくなった。
「いけませんわ、紅真さん。今までのようにお遊びのような生け花は卒業していただきませんと」
「きちんと手順を守って、評価に値する作品を作るんだよ」
「次期家元らしく、ね」
次期家元らしく。事あるごとに周りはそう言った。
今まで何をしても菖蒲は褒めてくれたが、父の紅明はそうではない。
「家元として恥じない花を生けろ」
――家元らしい花って何?
紅真は花を生ける度にわからなくなっていく。
段々と何故自分は花を生けているのかわからなくなっていった。
「これが次期家元の花? 何だか大したことないね」
「昔の方が良かったのになぁ」
自分らしさを見失った紅真は、生け花の楽しさすらもわからなくなってしまった。
むしろ今は、花を生けていることが苦しいとすら思う。
(今までどうやって花を生けていたんだっけ……?)
ついに花鋏を持つことすら億劫になりかけていた時、紅真に縁談が舞い込んだ。
高級老舗旅館「はるみ」を経営する春海グループ。各業界に太いパイプを持ち、千寿家とも古くから親交のある家系だ。
この縁談は両家にとってメリットの大きい、所謂政略結婚だった。