婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
あの二人は入社して以来仲が良く、愚痴も言い合える良き友人だと思っている。
だが、菜花は二人に隠していることがあった。
(ごめん、本当は私もあのショーに行くの。でも一緒には行けない……!)
菜花は心の中で何度も謝った。
* * *
千寿流華道会。
独自の技術を確立し、伝統的な和の要素とモダンな洋の要素を取り入れた華道の名門である。
赤瀬花きとは昔から取引があり、大口の取引先で赤瀬花きの社員であれば誰もが知っている。
だが、菜花にとってはそれだけの存在ではない。
実は菜花と次期家元・千寿紅真は、婚約している。
だけどそれは会社の誰にも言えない秘密だった。
「菜花お嬢様、お支度が整いました」
「ありがとう」
「良いのですか? いつもの黄色のお着物でなくて」
「今日は赤の気分なのっ」
菜花の父は老舗高級旅館「はるみ」を経営する春海グループの総帥だ。
古くから政界の大物や皇族も使用したとされ、かなり箔の付いた高級旅館として有名である。
あらゆる業界に太いパイプを持つ春海グループの娘と華道の名門・千寿の次期家元の婚約の話が浮上したのは、今から十年前のこと。
菜花が十六歳になる年だった。
高校から帰ってきたばかりの菜花を両親が呼んだ。
春海グループ総帥であり菜花の父・藤夫はいつも以上に上機嫌だった。
「実はとても良い話があるんだ」