婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。
誰かの心に花を咲かせるというのは、こういうことなのだと思ったと同時に紅真の心にも花が咲いた。
恋という名の花が。
それから紅真は菖蒲が生きていた頃と同じかそれ以上に華道に打ち込むようになった。
周囲の声は最早どうでもいい。たった一人のために花を生けたい。
菜花は紅真の花をずっと大切にしてくれた。
菜の花は押し花にして持ち歩く程で、これがとても嬉しかった。
紅真の想いを受け取り、大切にしてくれる菜花にもっと惹かれていった。
菜花が泣いて笑って喜んでくれるのなら、それだけで幸せだと思った。
次期家元という肩書も、菜花と正式に婚約してから重みが変わる。
これからは菜花を守るため、菜花に相応しい男であるために腕を磨こうと思った。
ひたすら花と向き合い、ひたすら自分自身と向き合い続けた。
ひたすらに自分の道を極め続ける紅真に、いつしか周りは何も言わなくなった。
父も次期家元らしくあれ、という言葉を口にしなくなった。
紅真は己の道を突き進み極めることで、自身の才能と実力を認めさせたのだ。
だがその一方で、菜花の笑顔がどんどん曇っていくことには気付けなかった。
毎年誕生日には必ず菜の花を贈った。
生け花だけでなくフラワーアレンジメントにも挑戦し、より自分の作品の幅を広げていった。
「ありがとう、紅真くん」
菜花は受け取った花を押し花やドライフラワーやハーバリウムにするなど、いつも大事にしてくれた。
だから喜んでくれていると思っていたし、菜花の本当の気持ちなど知る由もなかった。