婚約破棄したいのに、天才華道家の独占愛に火を付けてしまったようです。


「ありがとう、紅真くん。すごく素敵な誕生日になった」


 いよいよだ、と思った。紅真はそっとポケットから箱を取り出そうとする。


「最後にすごく素敵な思い出になったよ」
「最後……?」
「紅真くん、婚約を破棄させてください」


 一瞬何を言われたのか理解できなかった。取り出そうとしていた箱はポケットの中に滑り落ちた。


「えっ……?」
「この関係を終わりにしたいの」


 どういうことなのか全くわからない。
 かなり動揺していたが、必死に自らを落ち着かせようとする。震えそうになる声を何とか抑え、やっとのことで尋ねた。


「……理由を聞いてもいい?」
「今更に思われるかもしれないけど、やっぱり政略結婚じゃなくて――ちゃんと恋がしたいなって思ったの」


 その言葉を聞いた時、鈍器で頭を殴られたような気がした。


「十六の時に婚約して、それから十年でしょ? 紅真くんとの時間が無駄だったなんて言うつもりはないけど、やっぱりちゃんと恋愛して結婚がしたい」


 どうしてそんなことを言うのだろうか。
 この十年、菜花を想わない日は一日たりともなかった。

 それなのに、菜花は違った?
 自分ではない誰かと恋がしたいと思っていた?


「……嫌だ」


 ほとんど反射的にこぼしていた。
 まさかこれからプロポーズしようという時に、婚約破棄を言い渡されるだなんて思ってもみなかった。
 だけど、はっきりと伝えた。


「婚約破棄はしない。菜花以外と結婚するつもりはない」
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